@article{oai:toyama.repo.nii.ac.jp:00000665, author = {米田, 猛}, issue = {1}, journal = {富山大学人間発達科学部紀要}, month = {Nov}, note = {application/pdf, 教育は実践的な営みである。国の種々の教育施策も,具体的には各学校での実践として具現化される。 したがって,「地方教育史」の研究対象は,究極は各学校で毎日実践される固有の授業一つ一つである。 しかし,それは「授業研究」という別の枠組みで論じられるのが,通常である。 一方,国の教育施策を各学校につなぐための都道府県や市区町村の教育施策も研究対象となる。なぜなら,各学校の授業に直接的な影響を与えるのは,都道府県や市区町村の教育行政だからである。 本稿では,後者の視点から戦後の富山県における国語教育史について論じる。特に本稿では,富山県教育研究所が刊行した全国に例を見ない県名を冠した「富山県学習指導要領」について,その作成意図,内容の系統性等を論じ,現代の国語教育への活用の可能性を探ることを目的とする。, Article, 富山大学人間発達科学部紀要, 2巻1号, Page 189-206}, pages = {189--206}, title = {富山県国語教育史の研究--昭和20年代の「富山県学習指導要領」について}, volume = {2}, year = {2007} }