@article{oai:toyama.repo.nii.ac.jp:00016726, author = {仲嶺, 政光}, journal = {富山大学地域連携推進機構生涯学習部門年報}, month = {Dec}, note = {application/pdf, 筆者は先に、小学校祝日大祭日儀式規程(1891年:文部省)の学校現場への具体的な影響がどのようなものだったのかについて考察した。その際主な素材としたのが兵庫県豊岡小学校に残されている『学校日誌』である。本稿は、その『学校日誌』を読み進める作業の中で考えたことを振り返りつつ、若干の考察を加えたものである。『学校日誌』や『学校沿革誌』などの諸学校文書は、一つの学校的日常の系統的変化、すなわち学校文化の社会史過程を記述する上できわめて魅力的な史料である。『学校日誌』は実に様々な情報を今日の読み手に与えてくれる。それは、一方では『学校日誌』に何が書かれているのか、という論理的観点からその執筆時点での教育的諸事実を把握できるのはもちろんのこと、他方ではその『学校日誌』がどのように書かれているのか、という執筆行為論的な観点から「書く」という実践的営みそのものを把握する道も開けてくる。前者も重要なことは当然であるが、今回は主に後者の観点から『学校日誌』の解読を試みたい。, Article, 富山大学地域連携推進機構生涯学習部門年報, 第20巻, 2018.12, Page 37-46}, pages = {37--46}, title = {『学校日誌』を読む : 学校文化の社会史研究に向けて}, volume = {20}, year = {2018} }