『失われた時を求めて』は五感の知覚から喚起される実に様々な連想や記憶に溢れている。何らかの契機に五感で知覚したものが、突如、話者である「私」の意識に上昇してくる。Et tout d’un coup le souvenir m’est apparu. (突如として、そのとき回想が私にあらわれた。)という無意識的記憶が起きるときに発せられるフレーズである。視覚、聴覚、味覚、触角、嗅覚の五感の中で、進化の過程で視覚器官を頂点とし、嗅覚を最も下位な原始的な器官と位置づけるのは一般通念であるが、その位置づけとは逆に、嗅覚で知覚する匂や香りこそ最強で、その記憶は最も強く、記憶の拡がりと定着は永続性があるとする、プルーストの唱える本質(エッセンス)とは何かを、この作品の中で展開し探求したい。また匂や香りから連想する隠喩や表現方法の多様性についても分析していきたい。